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女子大生ライターのオカワリさんに寄稿いただいている〜パレスチナの今〜
第5回のテーマは”ユダヤ人国家法”のリアルです。
ユダヤ人国家法、という法律がイスラエルで可決されたことをご存知でしょうか。
「イスラエルではユダヤ人だけが自決権(決定権)を持つ」と定めた、人種や信教によって人々の扱いを変える差別的な法律です。
ユダヤ人国家法は主に、
- ユダヤ人が自決権を持つ
- 今まで公用語であったアラビア語を「特別な地位」へ格下げし、ヘブライ語のみを公用語とする
- 入植地を(パレスチナの西岸地区に)増やすことはイスラエルの国益である
- エルサレムは統一された首都であり、イスラエルのものである
→つまり、エルサレムがパレスチナの首都でもあることは触れず、イスラエルにとっての首都として改めて宣言している
などが明記されています。
(参考:https://www.jpost.com/Israel-News/Read-the-full-Jewish-Nation-State-Law-562923)
イスラエルに住むパレスチナ人はイスラエル全人口の20%(約180万人)を占めており、またイスラエルが占領するパレスチナ自治区にも480万人のパレスチナ人が住んでいます。しかし、この法律は彼らには自決権がないということを明記しています。また、パレスチナ人の現在の住居を取り壊し、入植地、つまりイスラエル人の家とすることを推進する法律となっています。
イスラエルでは法律が憲法の役割を果たしていますが、完全に「人種」や「宗教」によって人を差別するこの法律は、この21世紀に施行されるような性質のものではないと筆者は感じます。
アパルトヘイト(人種隔離)の法律ができても、何も変わらない街
ユダヤ人国家法についてどう思うか、パレスチナ人にインタビューをしてみました。
まず、東エルサレムにある、ベイトハニーナという分離壁のイスラエル側に住むパレスチナ人男性、ムハンマドさん(仮名)に聞きました。イスラエル人とともに建築関係の仕事で働いています。
Q.ユダヤ人国家法によって何か変わったことはありますか?
A.今のところ、特にないよ。でもこれから、イスラエルは法律を大義名分にしていろんなことを変えていくんだと思う。
ほら、この家の床を見て。
(彼の家には大きな庭があるが、その庭の地面は半分コンクリート、もう半分がタイルになって、不自然な見た目になっている)
Q.この床はどうしてこうなったの?
A.ここは、本当は庭じゃなくて部屋だったんだよ。でも昔、イスラエル兵がやってきて勝手にこの家を取り壊した。この床はその残骸さ。昔からパレスチナ人はこうやってイスラエルからいろんなことをされてきた。それはユダヤ人国家法があってもなくても同じ。だから今のところ、何も変わったと思わない。
次は、西岸にあるベイトウンマール村に住むパレスチナ人男性のサーメルさん(仮名)。ベイトウンマールは、パレスチナの土地であるにも関わらず、行政と治安がイスラエル軍側に委ねられているC地区に位置しています。彼はパレスチナ人が自立できるように支援する活動に携わっており、今まで2度刑務所に入れられていました。
Q.ユダヤ人国家法によって何か変わったことはありますか
A.ユダヤ人国家法?2年くらい前からあるだろう。新しいものじゃないよ。
Q.いえ、2018年の7月に新しく、イスラエルの議会「クネセト」(イスラエルで最高立法機関である国会)で、新しい法律ができましたよ。
A.ああ・・・そうかもしれない。でも似たような法律は昔からあったからね。別に何も変わらないよ。イスラエルは、周りの反応を伺っているんだ。何か新しいことをしてみて、周りがどんな反応をするかをみる。それでいけそうだったら、どんどん実行していく。この法律もそうだと思う。
今度は、ベツレヘムに住む男性のアハマドさん(仮名)。外国人向けに、ヘブロンなどのツアーを催行している男性です。
Q.ユダヤ人国家法によって何か変わったことはありますか?
A.今のところ、ない。これはイスラエルの法律だから、イスラエルに入れない俺たちにはあまり関係がない。
Q.でも、国際法的にパレスチナとされている領土にイスラエルが入植を進めていますよね。だから、イスラエルの法律だとしてもみなさんパレスチナ人に影響があると思うのですが。
A.そうだよ。イスラエルはどんどんパレスチナに入ってきている。でも今のところ変化はないかなあ。
Q.この法律について、どう思いますか
A.イスラエルがパレスチナ人を差別するのはずっと昔からあったからね、新しいことだと思わない。でも、この法律ができてよかったと思う。ずっと昔からあったんだ、差別は。でもそのことを世界の人々は知らなかっただろう?イスラエルは平等な国だと思っていた。差別や占領があったのに。でもこの法律ができて、言い逃れできなくなった。世界中の人が、やっと気づいたんだ。この国の異常さに。もう、「みんなに平等な国」とは言えなくなったんだ。だからこの法律ができてよかったと思う。
南ヘブロンにあるベドウィン(アラブの砂漠の民)の村。手前の瓦礫がイスラエル兵士に壊されたコミュニティセンター、奥に並ぶ家はイスラエル人入植者の家。
ヘブロンにて、イスラエル兵士に強制封鎖されたパレスチナ人の市場。完全にシャッター街となっている。扉は溶かした鉄で開けられないようになっている。その横にはユダヤ教のシンボルマークである六芒星。
エルサレムに住むパレスチナ人男性のユーセフさん(仮名)。イスラエルによるこの状況に違和感を感じ、外国人向けに個人的なツアーを催行している。(※免許剥奪の可能性があるため、免許を持ったツアーガイドがイスラエルに批判的な意見を言うことはできない)
Q.ユダヤ人国家法で、何か変わったことはありますか?
A.今のところないけど、これから起きるよ。今もものすごく状況は悪いけど、これからもっと悪くなっていくと思う。この法律は、ユダヤ人以外を認めない。だから特に、1948年にパレスチナ難民になった人たち(48年のアラブ人たち・当人たちが好む、好まないに関わらず、「イスラエリ・アラブ」と呼ばれることも多い)がこれから危ないよ。彼らは48年にイスラエル国籍を得た。でもこれから、また1948年の時のように大変なことが起きるかもしれない。
Q.そうですか・・。でもこの法律ができる前から、ずっと差別はあったでしょう?
A.あったよ、たくさんあった。でも、この法律は差別だなんて言葉で終わらない。それ以上のことが起きる。
エルサレムにて、イスラエル人に壊されたパレスチナ人の家(写真左)、イスラエル人に占拠された元・アラブ人の家(写真右)
なぜ、こんな人種差別的な法律が通っても街の景色が変わらないのか。
それはもともと、イスラエルでパレスチナ人が迫害されてきたからに他なりません。
暗黙の了解として行われてきた差別が、明文化されただけ。口を揃えて、彼らはそう言っていました。
今までの世界の例を見ても、ナチス・ドイツ政権下で制定された反ユダヤ主義を推進するニュルンベルク法、南アフリカのアパルトヘイトのもとに制定された非白人を差別する法律の数々、アメリカのアフリカ系の人々に対して行われた差別を象徴するジム・クロウ法など、類似の法律は施行されてきました。
そして2018年の今、かつてホロコーストに遭ったユダヤ人が、イスラエルで同じ法律をパレスチナ人向けに採択しました。
しかしパレスチナ人に対する差別を促進する法律が制定されたのに、パレスチナ人はいたって平静で、法律の制定前と何も変わった様子がありません。それが逆に、彼らが普段どのような差別を受けているのかを感じさてくれせました。
このことを、私たちは重く受け止めなくてはいけないと思っています。
オカワリさんによる長期連載 〜パレスチナの今〜 バックナンバー
パレスチナという地から、日本の皆さんへ【長期連載〜パレスチナの今〜第一回】
https://poteto.media/serial/palestine1/
パレスチナという地での生活【長期連載〜パレスチナの今〜第2回】
https://poteto.media/serial/palestine2/
そもそも、イスラエル・パレスチナ問題とは【長期連載〜パレスチナの今〜第3回】
https://poteto.media/serial/palestine3/